大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)46号 判決 1980年11月28日
原告
イカワ商工株式会社
代表者
伊藤進之助
外一七名
原告ら訴訟代理人
入江菊之助
外四名
被告
寝屋川市
代表者市長
北川義男
訴訟代理人
重宗次郎
指定代理人
高須要子
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 申立
一 原告ら
被告が昭和五五年二月二〇日付寝屋川市告示第一三号で公告した寝屋川都市計画事業寝屋川市駅前第一種市街地再開発事業決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
(本案前の答弁)
主文と同旨の判決。
(本案の答弁)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
一 原告らの請求原因事実
(一) 本件決定の存在、概要と原告らの立場
1 被告は、寝屋川都市計画事業寝屋川市駅前第一種市街地再開発事業計画(以下、本件事業計画という)の決定(以下、本件決定という)を行い、昭和五五年二月二〇日付寝屋川市告示第一三号で、別紙一のとおり公告した。
2 本件事業計画の概要は、別紙一の(三)記載の地区(京阪電鉄寝屋川市駅前付近)の約2.1ヘクタールの区域を対象に、都市再開発法(以下、法という)に基づく市街地再開発事業を施行するというもので、土地の利用計画、施設建築物の概要、施設建築物の各階の床面積と主要用途は、別紙二記載のとおりである。
3 原告らは、いずれも本件事業計画の対象区域に土地、建物を所有し、又はその賃借権を有する者である。<以下、事実省略>
理由
第一請求原因(一)の事実(本件決定の存在、概要と原告らの立場)は、当事者間に争いがない。
第二そこで、本件決定が抗告訴訟の対象となる処分に該当するかどうかについて判断する。
一一般に、行政庁の行為が抗告訴訟の対象となる処分といいうるためには、その行為が、私人の法律上の地位ないしは権利関係に直接に何らかの影響を及ぼす性質のものでなければならないと解するのが相当である。したがつて、本件決定が抗告訴訟の対象となる処分に該当するかどうかは、本件決定が、私人の法律上の地位ないしは権利関係に直接に何らかの影響を及ぼす性質があるかどうかによつて決まることになる。
二ところで、法に基づく市街地再開発事業は、「市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るため、都市計画法及び法で定めるところに従つて行われる建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業並びにこれに付帯する事業」である(法二条一号)。
市街地再開発事業のうち第一種市街地再開発事業では、事業に必要な用地の確保を、買収ではなく、いわゆる権利変換の手法によつて行うが、市町村が都市計画法一二条一項四号、法六条一項に基づき都市計画事業として施行する場合の第一種市街地再開発事業(本件がこれにあたる)の手続は、概ね次のとおりである。
(一) 先ず、都道府県知事が都市計画の決定をして告示する。市街地再開発事業の種類、名称、施行区域及びその面積が、これによつて定められる(都市計画法一五条一項四号、一二条二項、二〇条一項、同法施行令七条)。
(二) 市町村が、市街地再開発事業についての施行規程及び事業計画を定め、事業計画に関し定められた事項を公告する。施行規程には、市街地再開発事業の種類、名称、範囲等基本的事項を定める。また、事業計画には、施行地区、設計の概要、事業施行期間及び資金計画を定める。(法五一条ないし五四条)。
(三) 事業計画の公告があると、事業計画は第三者に対抗できるようになる。そして、施行者は、速やかに、関係当事者に再開発計画の概要を周知させるため必要な措置を講ずるとともに、権利変換計画の資料としての土地調書及び物件調書を作成しなければならず、そのために必要があれば、他人の占有する建築物その他の工作物に立ち入つて測量又は調査をすることができる。また、右公告があつた後は、施行区域内で、再開発事業の施行の障害となるおそれのある土地の形質の変更、建築物その他の工作物の新築、改築、増築等を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならなくなる。更に、施行者が、右公告があつた後、施行地区内の宅地、建築物等について、権利変換手続開始の申請又は嘱託を行い、登記がなされると、その後は、当該登記にかかる権利の処分には、施行者の承認を要するようになる(法五四条二項、六〇条二項、六六条ないし六八条、七〇条)。
(四) 施行地区内の宅地、建物等の権利者は、権利変換を希望しない場合、右公告から三〇日以内に金銭の給付を希望し、自己の有する建築物を他に移転することを申し出ることができる(法七一条)。
(五) 施行者は、その後、権利変換計画を定め、都道府県知事の認可を受けて公告し、関係権利者に書面で通知する。権利変換計画では、配置設計、変換後の各権利者の権利等権利変換の具体的な態様が定められる。関係権利者の権利変換の効力が発生するのは、権利変換計画に定められた期日であり、施行者は、その後遅滞なく、権利変換の登記の申請又は嘱託をし、施行地区内の土地等の占有者に土地等の明渡しを求め、応じない場合は代執行をする等の措置をとつて、再開発事業を完成させ、公告、通知する(法七二条、七三条、八六条ないし九〇条、九六条、九八条、一〇〇条)。
三以上の第一種市街地再開発事業の一連の手続経過を前提に、権利変換の対象となる所有権、賃借権等の得喪をみると、これらの権利関係に具体的な変動が生じるのは、前記二(五)の権利変換計画の公告、通知(以下、権利変換処分という)によつてであることは明らかである。
ところで、権利変換処分の一つ前の段階である本件事業計画のような再開発事業計画自体は、事業の施行を明らかにするものとして対外的意味を有するものの、なお、単に、施行地区を特定し、設計の概要を定めるなど当該市街地再開発事業の基本的枠組みを、一般的、抽象的に定めたものにすぎず、特定の個人を対象としてされたものではない(一般処分)。もとより、市街地再開発事業の性質上、一定め迅速性が要求されるから、事業計画決定があつてから適正な期間内に権利変換計画が決められるような仕組みがとられており、また、事業計画決定があれば、将来において権利変換計画が決められ、権利変換処分が行われ、これによつて権利の得喪変更が生じる高度の蓋然性が生じることは否定できない。しかし、事業計画から権利変換計画が一義的に定められているとはいえず、また、将来における権利関係、法的地位の変動にいかに蓋然性があろうと、その蓋然性だけから、事業計画決定の処分性を根拠づけることはできない。
そして、このように解しても、事業計画決定の違法を主張する者は、後になされる権利変換処分等の具体的、個別的処分を受けた段階で、当該処分に対する抗告訴訟を提起し、その訴訟の中で事業計画の瑕疵を主張することができると解するのが相当である。したがつて、違法な事業計画によつてその後具体的な権利を侵害された者が、それに対する救済手段を欠いていることにならないし、この結論は、憲法三二条の趣旨に反しない。
四次に、事業計画の公告があると、施行区域内の土地の形質の変更等に制約が課されるなど前記二(三)記載のような私人にとつて不利益な効果が生じる。
しかし、事業計画の公告に伴うこのような法的効果は、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき特に法によつて付与された付随的な効果であつて、しかも利害関係人一般に対して生ずる性質のものではない。そして、土地の形質の変更等を求めようとする者が具体的な不許可処分を受けた場合、これに対する抗告訴訟の中で事業計画自体の瑕疵を主張することができることは、前に説示したのと同じであるから、救済手段を欠くことにはならない。
五まとめ
そうしてみると、本件事業計画に関する本件決定は、抗告訴訟の対象となる処分に該当しない。
第三むすび
以上の次第で、原告らの本件訴えは、不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。
(古崎慶長 孕石孟則 寺田逸郎)
別紙一、二<省略>